「年収1,200万円あるのに、毎月の手取りが思ったより少ない」——多くの勤務医が感じるこの疑問の正体は、累進所得税・住民税・社会保険料という三重の天引き構造にある。厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、勤務医の平均年収は約1,338万円。しかし手取りに換算すると、実際に受け取れる金額はその7割前後にとどまる。本記事では先生の年収帯ごとに税金・社会保険料を具体的に試算し、手取りを知ることで何が変わるかを解説する。
なぜ医師の手取りは「意外と少ない」のか
給与から天引きされる主な項目は「所得税・住民税」と「社会保険料」の2種類だ。医師のような高所得者は、このどちらも通常より大きく引かれる構造になっている。
① 累進課税——年収が上がるほど税率が上がる
日本の所得税は、課税所得の金額に応じて5%から最高45%の7段階で税率が変わる超過累進課税制度だ(国税庁「所得税の税率」)。課税所得が695万円を超えると23%、900万円を超えると33%と、勤務医の多くが適用される税率は高くなる。住民税の10%と合わせると、高収入層では所得税+住民税の実効税率が40%超に達することもある。
② 社会保険料——上限があっても「高額固定費」になる
勤務医が加入する健康保険・厚生年金・雇用保険の合計本人負担額は、年収1,000万円以上の場合でも年間130万〜165万円程度かかる。特に厚生年金は標準報酬月額の上限が現在65万円(年収換算で約780万円)に設定されているため、年収が上がっても保険料は頭打ちになる一方、絶対額としては年間70万円超の固定費になる。
③ 給与所得控除の限界——高収入ほど控除率が低い
給与収入が1,000万円を超えると、給与所得控除は一律195万円(2026年度)で固定される。年収800万円では約190万円が控除されるが、年収2,000万円でも同じ195万円しか控除されない。収入が増えるほど控除の「効率」が落ちるため、高年収になるほど課税される割合が増える構造だ。
年収別シミュレーション——800万・1,200万・2,000万円の手取りを試算
以下は2026年度の税制・保険料率を前提に、勤務医(会社員・扶養親族なし・協会けんぽ加入・東京都)のケース別手取りを試算したものだ(※概算。個人の状況により異なる)。
| 年収 | 社会保険料(本人負担) | 所得税(復興税含む) | 住民税 | 控除合計 | 手取り | 手取り率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 800万円 | 約117万円 | 約44万円 | 約43万円 | 約204万円 | 約596万円 | 約74.5% |
| 1,200万円 | 約140万円 | 約124万円 | 約80万円 | 約344万円 | 約856万円 | 約71.3% |
| 2,000万円 | 約165万円 | 約375万円 | 約158万円 | 約698万円 | 約1,302万円 | 約65.1% |
※ 2026年度税制(基礎控除62万円・給与所得控除最大195万円)、協会けんぽ東京都保険料率(10.13%・本人折半)、厚生年金保険料率18.3%(本人折半・標準報酬月額上限65万円)、雇用保険料率0.6%を用いた概算値。
勤務医のボリュームゾーンである年収1,200万円では、手取りは約856万円で手取り率は約71%になる。年間約344万円(月平均約28.7万円)が税金・社会保険料として差し引かれる計算だ。
年収が2,000万円になると手取り率は約65%まで低下する。税金だけで533万円を超え、年収の26%以上が所得税・住民税に消える。「稼げば稼ぐほど手残りの割合は減る」累進課税の影響が大きく出る層だ。
手取りを合法的に増やす方法——勤務医が使える節税の選択肢
年収を下げずに手取りを増やすには、控除を最大限に活用することが有効だ。先生が取り組みやすい主な方法を紹介する。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
企業年金なしの会社員は月額2.3万円(年27.6万円)まで掛金が全額所得控除になる。年収1,200万円の先生が満額拠出すれば、所得税率23%+住民税10%で年間約9.1万円程度の節税効果が見込める。企業型DC加入者は上限が変わるため確認が必要だ。
ふるさと納税
住民税・所得税を前払いする形で、自己負担2,000円を超える分を翌年度の税額から控除できる。年収1,200万円(扶養なし)の場合、控除上限の目安は約41万円前後になる(総務省「ふるさと納税ポータルサイト」)。返礼品を活用すれば実質的な節約にもなる。
特定支出控除
学会費・学術書・資格関連費・転勤時の交通費などの業務上の支出が、給与所得控除額の半分を超える場合に使える控除だ。先生の場合は学会参加費・専門書代などが対象になりやすく、職場に証明書の発行を依頼したうえで確定申告を行う必要がある。
2027年以降に変わること——厚生年金の保険料がさらに増える
現在、厚生年金の標準報酬月額上限は65万円(年収換算で約780万円)だ。ところが2025年6月に成立した年金制度改正法により、2027年9月以降は上限が段階的に引き上げられることが決まっている(厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」)。
| 施行時期 | 標準報酬月額上限 | 本人負担の変化(概算) |
|---|---|---|
| 〜2027年8月(現行) | 65万円 | — |
| 2027年9月〜 | 68万円 | 月+約2,745円 |
| 2028年9月〜 | 71万円 | 月+約5,490円 |
| 2029年9月〜 | 75万円(最終形) | 月+約9,150円 |
※厚生年金保険料率18.3%、本人折半(9.15%)で計算。保険料率が変わらない場合の概算。
負担増の一方で、将来受け取れる厚生年金額も増える。2029年の最終形に移行した場合、年金額は月約5,100円増(厚生労働省試算)の見込みだ。老後の収入増と現役時代の手取り減を天秤にかけて考える必要がある。勤務先の病院が法人の場合、事業主側も同額の負担増になるため、給与交渉のタイミングとして活用することも一案だ。
まとめ——手取りを知ることで転職判断の精度が上がる
医師の手取りが「意外と少ない」理由は、累進課税・社会保険料・給与所得控除の限界という三重構造にある。年収1,200万円の勤務医でも毎年約344万円が税金・社会保険料として差し引かれ、手取りは約856万円になる。年収2,000万円になると控除合計は約698万円に達し、手取り率は65%まで低下する。
転職を検討する際、「額面年収がいくら上がるか」だけでなく「手取りがいくら増えるか」まで計算することが重要だ。特に成功報酬型の求人では月収の見せ方が異なるケースもあるため、社会保険の種類(協会けんぽか医師国保かなど)も確認したうえで実質手取りを比較してほしい。2027年以降は厚生年金保険料も増額される。今のうちに先生の手取りの全体像を把握しておくことが、転職・節税・老後設計のいずれにも役立つ。
